私事ですが
私の母は私が8歳の時に、統合失調症のような症状、幻想が見えたり不眠症になって、片付けができなくなったりするなどの症状が出て強制入院になりました。
病気と共に生きて20年が経ちました。
それ以来4年に1度くらいの割合で入院して、回復して日常生活に戻ることができています。次第に医師は入院の周期性に気づき、当初は統合失調症と診断されていたものが、双極性障害に改まりました。改まるまで10年ほどはかかりました。
当時の私(8歳)は母親が急にお化けみたいになって、話が通じなくなったこと、入院明けに言葉の抑揚がなくなった母が帰ってきたことがショックで、どう接していいか分からなくなりました。
もともと私は保育園児のときから、内向的な面、繊細な面があり、小学校2年生頃にスイミングスクールに連れていかれたり、夏休みに家族をずっと過ごしていたことから、母親と分離不安になったのです。
不登校にならずに済んだのは、母が学校まで一緒についてきてくれて、教室の後ろで見守ってくれたことによる安心感があったから。
小さな俵型のおむすびを持っていてくれたことが、私がくじけずに学校になじめる安心材料だったのです。その後1か月ほどで、一人で学校へ通えるようになったのです。
このことがあった後、母親はその疲れもあったり、家のことなど思い悩み壊れてしまったかのように私には見えました。
家では脳梗塞になったおばあちゃんの介護を20年間、私の父が在宅介護を中心にやっており、当時は育児と介護が重なり父は介護、母が育児と分担せざるを得ませんでした。今ほど、介護サービスもなく在宅でお世話をする時代だったため、家族の負担は大きいものでした。
信頼していたはずの母が、知らない人のようになってしまったことの恐怖や「私がいい子でいなかったから、こうなってしまったのではないか」という思いがあったり、その後も入退院を繰り返す母。
反抗期に反抗できるほど、つまりパンチしても大丈夫なサンドバッグがなかった。
私はいつしか、いい子でいよう。大人に気に入られよう。しっかりしたいい子でいないと母はまた入院してしまうのではないか。という不安が付きまとうようになり、優等生で大人ぶった子どもとして生きていました。
あなたは反抗期がありましたか?
反抗期がなかったみたいな人、最近は結構いるみたいですけど、反抗期は大事な通過儀礼のようなものなのではないかというのが私の見解です。
未成年で、自分で稼いで生きているわけではない、まだ未熟な存在。だけれども、大人のいうことに疑問を持ったり、社会の矛盾に気がついたり。
そこで、堂々と安心して「なぜなんだ?おかしいと思う。」と言っていい環境があったらいいなと思います。
変に茶化したり、ごまかしたりせず、周りの大人も「分からないから一緒に考えよう」と受け止める余裕があったらいいな。
色々なお子さん、大人がいると思いますが、親子だけではなく、学童や習い事、フリースクールなど第三者に仲介してもらうのも一つの選択肢です。
反抗期、めんどくさい、どう接したらいいか分からないという周りの大人の方、思春期で急に黙って、何を考えているか分からないようなわが子に困っている親御さん。
「反抗期バッチ来い!」「おめでとうございます。」と声をかけたいです。
反抗できるほどのサンドバッグとして認識されている証拠ですから。
遠慮なく、暴言を吐く子にイラついたり、ショックを受けることもあると思いますが、高校、その先の進路を進んだら親の偉大さに必ず気づく日が来ます。
かくいう私もまったく反抗しなかったわけでもないです。
そして、反抗期にしっかり反抗しておかないと大人になってから反抗期が来ます💦
ズルズルと反抗します。
以上、反抗期についての私の経験と見解でした。
親が病気だったりして、家のことを子どもが引き受けるヤングケアラーの子どもにとっては、反抗すら難しい環境だったりします。
子どもの心の発達としても、周りに愚痴をこぼしたり、安心して反抗することのできる場所が必ずあったらいいなぁと思います。
殺伐としがちな反抗期、地域や周りの力を頼れるような仕組みがあったら、もっと子育てがしやすくなるだろうなと思っている今日この頃です。
本日もお読みいただきありがとうございました。